Webサイトを見ていて、「まだスクロールするの?」と思うことがあります。
ページが長いこと自体は珍しくありません。情報量が多ければ、当然ページも長くなります。
それなのに、長いページでも最後まで見たくなるサイトがある一方で、数回スクロールしただけで疲れてしまうサイトもあります。
最近いくつものWebサイトを見ていて、この違いは単純なページの長さではなく、見るために必要な労力と、そこから得られるもののバランスにあるのではないかと思うようになりました。
今回はこれを「閲覧コスト」として考えてみます。
Webサイトを見るためにも、労力が必要になる

Webサイトを見るとき、私たちはただ画面を眺めているわけではありません。
スクロールする。クリックする。次に見る場所を探す。アニメーションが終わるのを待つ。
ひとつひとつは小さな操作ですが、それが積み重なると、見る側にはそれなりの負担が発生します。
私は最近、この負担を**「閲覧コスト」**として意識するようになりました。
スクロールも無料ではない
スクロールはWebサイトでは当たり前の操作です。
だからこそ、作る側からすると「少しくらい多くても問題ない」と考えやすいのかもしれません。
でも実際に見る側になると、何度スクロールしても少ししか画面が進まなかったり、次の情報がなかなか現れなかったりすると、
「なんで私がこんなに頑張って見なきゃいけないんだろう」
という感覚が出てきます。
操作自体は簡単でも、その操作を何度も要求されることは、確実に閲覧の負担になっているように思います。
クリックや待ち時間も閲覧コストになる
これはスクロールだけの話ではありません。
情報を見るために毎回クリックが必要だったり、演出が終わるまで待たされたり、どこを見ればいいのか探さなければならなかったりすることもあります。
つまり閲覧コストには、
スクロール・クリック・待ち時間・視線移動
など、さまざまなものが含まれます。
問題なのは操作が存在することではなく、その操作をするだけの理由があるかどうかなのだと思います。
長いサイトと「長く感じるサイト」は違う

ここで面白いのが、ページが長ければ必ず疲れるわけではないことです。
実際、かなり長いコンテンツでも、私は「長すぎる」と感じずに見続けられることがあります。
反対に、それほど多くの情報を見ていないのに、「いつまでスクロールすればいいんだろう」と感じるサイトもあります。
スクロールした先に何があるのか
この違いを考えると、重要なのはスクロールの回数そのものではなく、スクロールした結果として何が返ってくるのかなのかもしれません。
新しい情報が出てくる。
魅力的な写真が現れる。
次の内容が気になる。
世界観が少しずつ展開していく。
こうした変化があれば、スクロールは単なる作業ではなくなります。
以前からサイトを観察していて感じていた、**「スクロールが報われる」**という感覚です。
「おいしそう」でも、スクロールは多く感じる
一方で、コンテンツそのものが魅力的でも、閲覧コストが気になる場合もありました。
商品の色使いもかわいい。写真も魅力的で、見ているだけで味や食感まで想像できる。
つまり、サイトから受け取れるものはちゃんとあります。
それでも、ひとつの情報を見るために必要なスクロール量が大きすぎると、
「この内容を見るために、ここまで操作する必要があるのかな」
と感じてしまいます。
ここから、もうひとつ気づいたことがあります。
報酬があるだけではなく、閲覧コストと報酬が釣り合っていることが大切なのかもしれません。
閲覧コストと「得られるもの」のバランス

Webサイトに演出を加えたり、スクロールによって少しずつコンテンツを見せたりすること自体が悪いとは思いません。
むしろ、その体験がサイトの魅力になることもあります。
ただし、見る側に操作を求めるのであれば、その操作に対して何かが返ってくる必要があります。
見る側にだけ負担を渡していないか
作る側には、見せたいものがあります。
商品を知ってほしい。会社について知ってほしい。作品を見てほしい。
でも、そのために見る側へ大量のスクロールやクリックを要求すると、少し不思議な関係になります。
「見てほしい」のに、「見るための労力」は見る側が払い続ける。
情報へたどり着く前に閲覧コストが高くなれば、内容がどれだけ良くても、その前に離脱されてしまうかもしれません。
だから「どう見せたいか」だけではなく、見る側がそこまでたどり着くために何をしなければならないかも考える必要がありそうです。
操作そのものが体験になることもある
逆に、スクロールやクリックそのものが楽しいサイトもあります。
操作するたびに新しい発見があったり、自分で見たいものを選べたりすれば、その操作は「コスト」だけではなくなります。
ここで重要なのは、操作をなくすことではありません。
その操作に意味があるか。
スクロールする理由がある。クリックする理由がある。待つだけの価値がある。
そう感じられれば、多少ページが長くても「長いサイト」として意識しなくなるのかもしれません。
【まとめ】見る人に、どこまで頑張ってもらうのか

Webサイトを作るとき、スクロールやクリックはとても小さな操作に見えます。
でも、見る側からすると、それらはすべて少しずつ積み重なる閲覧コストです。
だから大切なのは、「スクロールを減らせばいい」「ページを短くすればいい」という単純な話ではないと思います。
見るために必要な労力と、そこから得られるものが釣り合っているか。
長いのに見続けたくなるサイトもあれば、短い時間でも疲れてしまうサイトがあります。
これからWebサイトを見るときは、ページの長さだけではなく、
「私はこのサイトを見るために何を払っていて、その代わりに何を受け取っているんだろう」
という視点でも観察してみたいと思います。