ブルータリズムという言葉を聞くと、「打ちっぱなしコンクリート」「重くて無骨」といったイメージを持つ人が多いと思います。実際、ブルータリズム建築はむき出しのコンクリートやレンガ、構造そのものを見せる大胆なスタイルとして説明されます。(dans le gris)
しかし、その裏側には「なぜ飾らないのか」「なぜ不安を残したままにするのか」といった、一貫した価値観=思想的な側面が存在します。
英語圏では、ブルータリズムは**素材の正直さ(material honesty)**や、構造を露出させる態度を持つ建築・デザインとして語られており、批評家レイナー・バナムは『The New Brutalism: Ethic or Aesthetic?』で、ブルータリズムを「倫理(Ethic)でもあり、美学(Aesthetic)でもある」と位置づけました。(ウィキペディア)
本記事では、**「ブルータリズム 思想」**というテーマを、学術的な「哲学」と混同しないように注意しながら、建築・Webデザイン・表現全体に共通する「態度・美学」としてのブルータリズムを、7つの柱に整理して解説します。
ブルータリズムが好きな人も、なんとなく惹かれていた人も、自分の感性を言語化するヒントとして読んでみてください。
ブルータリズムの「思想」とは何か?まず前提を整理する
ブルータリズムの思想を語る前に、**「どこまでが事実で、どこからが解釈なのか」**をはっきりさせておくことが大切です。ここを曖昧にすると、「自己流で勝手に哲学を名乗っている」ように見えてしまいます。
ブルータリズムの基本的な定義をおさらいする
まず、一般的に共有されているブルータリズム建築の定義を押さえておきます。
- 1950年代のイギリスで生まれた建築様式
- 打ちっぱなしコンクリートやレンガなど素材をそのまま見せる
- 構造を隠さず、ミニマルで力強い幾何学形態
- 装飾よりも機能性と構造の明快さを重視する
こうした特徴は、建築史や建築メディアで共通して説明されています。(ウィキペディア)
「哲学」としての体系はないが、「思想的な側面」は語られている
ここが重要なポイントですが、
「Brutalism Philosophy」という名前の、学術的に体系化された哲学」は存在しません。
その一方で、建築批評やデザイン史では、ブルータリズムは
- 素材や構造に対して正直である態度
- 飾り立てない「あるがまま」を肯定する姿勢
- 機能と構造を隠さず、むしろ前面に出す倫理的な選択
といった**「倫理・美学・価値観のセット」**として語られています。(ウィキペディア)
本記事での「思想」という言葉の使い方
本記事での**「ブルータリズム思想」**とは、次のように定義します。
建築・アート・Webデザインなどの分野で、ブルータリズムに共通して見られる価値観・態度・美学を、わかりやすく整理した概念
(特定の学術的哲学体系を指すものではありません)
この前提を明確にしておけば、安全かつ正確に、「思想」という言葉を使って説明することができます。
第1〜2の柱:生の肯定と不安の美学
ここからは、ブルータリズムの思想を7つの柱として整理していきます。
最初の2つは、**「生の肯定」と「不安の美学」**です。
第1の柱:Rawness|生(なま)の肯定
ブルータリズムの出発点は、**「素材や構造を加工しすぎず、そのまま見せる」**という態度です。フランス語の béton brut(ベトン・ブリュット=生のコンクリート)から名前が来ていることも象徴的です。(ウィキペディア)
**Rawness(生の肯定)**とは、例えば次のような感覚です。
- コンクリートの気泡や木目跡をあえて消さずに残す
- レイアウトの「ズレ」や「粗さ」を完全には整えない
- 多少のノイズや歪みを**“味”として受け入れる**
ここには、「綺麗であることより、正直であることを優先する」という価値観があります。
Webデザインの文脈で語られるBrutalist Web Designも、まさに「サイトが何であるか、何でないのかについて正直である」ことを重視すると説明されています。(SSAITS(サイツ))
第2の柱:Uncomfortableness|不安・違和感の美学
ブルータリズムは、心地よさだけを目指しません。
むしろ、見る人にわずかな不安や違和感を残すことで、その作品の世界観を成立させます。
- 余白が妙に偏っている
- グリッドが崩されている
- 情報量が多くて「圧」を感じる
こうした「落ち着かなさ」は、本来ならデザイン上の“失敗”とされるかもしれません。
しかしブルータリズム思想では、**「安心できないからこそ、今見ている世界の歪みや不均衡に気づける」**という美学として評価されます。
不安を排除するのではなく、意図的に残す。
これが第2の柱です。
第3〜4の柱:露出と不完全さの肯定
次の2つの柱は、**「隠さないこと」と「不完全さをあえて残すこと」**です。
第3の柱:Exposure|構造の露出
ブルータリズム建築では、構造や配管、骨組みなど、本来は隠されがちな部分をそのまま見せることがよくあります。これは単なるデザイン上の特徴ではなく、
- 「嘘をつかない」
- 「裏側を隠さない」
という倫理的な態度とも解釈できます。
建築批評家バナムは、ブルータリズムを**「平面の可読性」「構造の明快な提示」「素材を“あるがまま(as found)”に評価すること」**で特徴づけています。(ウィキペディア)
Webデザインに置き換えると、例えばこんなイメージです。
- 罫線やボックスをあえて消さず、「枠」を見せたままにする
- システムやナビゲーションの仕組みが直感的に見えている
- 「綺麗に隠すUI」よりも「構造を理解できるUI」を選ぶ
見せないことより、見せることに価値がある。
これが第3の柱です。
第4の柱:Imperfection|不完全さの価値
ブルータリズムは、“完璧な仕上げ”をゴールとしません。
むしろ「粗さ」や「未完成さ」を残すことで、独特のリアリティや人間味が生まれます。
ここで、柱ごとのイメージを簡単に整理してみます。
| 柱 | キーワード | 建築のイメージ | Webのイメージ |
|---|---|---|---|
| Rawness | 生の素材 | 打ちっぱなしコンクリートの質感 | 粗めの線・テクスチャ |
| Exposure | 構造の露出 | 配管・梁が見えている | 枠・レイアウトが見えるUI |
| Imperfection | 不完全さ | 仕上げ跡・ムラが残る | ぴったり揃っていない要素 |
この**Imperfection(不完全さ)**の柱は、次のような感覚につながります。
- 100点ではないが、90点の“生きたデザイン”
- スキのなさよりも、少しの緩みや揺らぎの方が印象に残る
- 「整っていないからこそ、感情が動く」
ブルータリズム思想では、「綺麗さ」よりも「生々しさ」や「人間くささ」を優先することが多いのです。
第5〜6の柱:反・整列と情報の暴力
ここからは、ブルータリズムの攻撃的な側面とも言える柱です。
第5の柱:Anti-Order|整列への反抗(反ミニマル)
ミニマルデザインが**「整列」「余白」「静かな秩序」を追求するのに対して、ブルータリズムはその秩序に対する“反抗”**として読めます。
- きれいに揃えない
- 情報量を減らしすぎない
- ノイズや歪みを意図的に残す
もちろん、単に「雑にすること」とは違います。
**「ちゃんと制御された“乱れ”」**だからこそ、強いメッセージとして機能します。
建築史的にも、ブルータリズムは戦後モダニズムの流れの中で、過度な装飾やノスタルジーから距離を取るスタイルとして語られています。(THE FASHION POST)
第6の柱:Brutality of Information|情報の暴力
ブルータリズムの「Brutal」という言葉は、「残酷」「乱暴」といったイメージを連想させます。
Webやグラフィックの世界では、それが**「情報の暴力」として表現される**ことがあります。
- 一画面に大量の文字や要素を詰め込む
- コントラストが強く、視線を奪う
- 読みやすさよりも、「殴りつけるような印象」を優先する
ここでも重要なのは、ただのカオスではなく、「意図のある暴力」であることです。
Brutalist Web Designのガイドラインでも、**「ウェブサイトが何であるか、何でないかについて正直であること」**が強調されています。(SSAITS(サイツ))
つまり、**情報の暴力は、ユーザーをごまかさないための“正直な強さ”**でもあります。
第7の柱:Emotional Honesty|感情の正直さと人間味
最後の柱は、やや抽象的ですがとても重要な要素です。
第7の柱:感情の正直さ(Emotional Honesty)
ブルータリズムに惹かれる人は、しばしばこんな感覚を持ちます。
- 綺麗すぎない方が、なぜか落ち着く
- 壊れているものの方が、ほんとうに生きている気がする
- 完璧じゃないから、共感できる
これは、**感情に対しても「飾らない」「嘘をつかない」**という態度です。
建物やサイトが
「良く見せようとしすぎていない」
と感じるとき、私たちはそこに妙な安心感や信頼感を抱きます。
ブルータリズム思想の締めくくりとしてのEmotional Honestyは、
- きれいな成功ストーリーより、
- 不完全で矛盾したままの人間の姿を、そのまま受け止める
という価値観でもあります。
デザイン・映画・文章で「ブルータルな感情」を表現する
この柱は、建築やWebだけでなく、
- 映画の救いのなさや壊れた関係性
- 音楽のノイズや荒れた感情表現
- 文章の中の矛盾や弱さの描写
といった、広い意味での表現活動に応用できます。
「かっこよく整える」よりも、
「傷ついたまま、揺れている感情」をそのまま書く・見せること。
これもまた、ブルータリズム的な思想の一つと言えるでしょう。
【まとめ】ブルータリズム思想を言語化する意味
ブルータリズムは、単なる無骨なコンクリート建築や、攻めたWebデザインのスタイルではありません。
歴史的には、素材や構造をむき出しにし、機能や“あるがまま”に対して正直であろうとした建築運動として生まれました。(ウィキペディア)
本記事では、その背景を踏まえつつ、ブルータリズムに共通して見られる価値観を
- Rawness(生の肯定)
- 不安・違和感の美学
- 構造の露出
- 不完全さの価値
- 整列への反抗(反ミニマル)
- 情報の暴力としての強さ
- 感情の正直さと人間味
という7つの柱として整理しました。
繰り返しになりますが、ここで扱った「ブルータリズムの思想」は、**学術的な「哲学体系」の名前ではなく、建築・アート・Webデザイン・映画などに横断して見られる“態度・美学のまとめ”**です。
自分の好きな建物やサイト、映画や音楽を、この7つの柱を通して眺め直してみると、
「なぜ自分はこれに惹かれるのか」
という問いに、今までよりも深く答えられるようになるはずです。
ブルータリズムの思想を言語化することは、自分自身の感性や世界の見方を言葉にすることでもあります。
ぜひ、あなた自身のブルータリズム解釈も、少しずつ文章にしてみてください。
