近年、海外・国内問わず“ブルータリズム風”のデザインをよく見かけます。しかし、その多くがどこか既視感があり、薄く、しらける。本物のブルータリズムと、模倣的な“なんちゃってブルータル”の間には、デザイン思想・構造・目的のレベルで大きな差があります。
本記事では、その違いを体系的に整理し、ブルータリズムの本質を理解するための指標をまとめます。
なんちゃって化が起きる理由:表層だけをトレースしてしまう

ブルータリズムは**「粗さ」「暴力」「情報のむき出し」を軸にした思想ですが、多くのサイトはそこを深掘りせず、「太い線」「無骨なフォント」「白黒の配色」**だけを借りて成立させようとします。その瞬間に、ブルータルの核が抜け落ちてしまうのです。
本質を抜いたまま“外形”だけ真似する問題
本質のない模倣は、見る側にすぐ伝わります。
以下のようなズレが典型です。
| なんちゃって化の原因 | 内容 |
|---|---|
| 思想の欠落 | 粗さに必然性がなく、単なる演出になっている |
| 暴力性の希薄さ | レイアウトが整いすぎて刺激がない |
| 情報が整理されすぎ | あえての“不快”が存在せず、普通のミニマル化 |
表面だけ真似ると、ブルータル特有の「生の迫力」が消えるため、しらけてしまいます。
“ブルータル風”が量産される構造的な背景
ブルータルはInstagram・Dribbbleで人気化し、“パーツ化”されやすいデザインです。
結果として、
- 要素単位の模倣が増える
- 思想が薄まる
- ユーザーがすぐ飽きる
という連鎖が起こります。
本質が思想である以上、外形だけ借りても“ブルータル”にはなりません。
ブルータリズムの核:粗さ・暴力・むき出しの情報構造

ブルータリズムは、単なる無骨なスタイルではなく、「加工を嫌う思想」です。これは、デザイン以前に価値観の問題です。
ブルータルの7つの柱とのズレ
ゆなが整理してきたブルータリズム7つの柱は、本質を理解する非常に有効な指標です。
特に下記3つは、なんちゃって化と強く対比されます。
- Rawness(生のまま)
- Exposure(むき出し)
- Emotional Honesty(感情の誠実さ)
なんちゃってブルータルはこれらが希薄で、**「綺麗に加工された粗さ」**という矛盾を抱えます。
ブルータルが“加工を拒む”理由
ブルータルにおける粗さは、単なる雑さではなく**「構造の透明性」**です。
加工しないことで、見る側は情報と向き合う強制力を得ます。
対して、なんちゃってブルータルは加工しすぎて、むき出しの情報が見えません。
ミニマルに寄せた瞬間ブルータルが死ぬ理由

ブルータルとミニマルは真逆の思想です。
しかし、多くの“ブルータル風”サイトはミニマル要素を取り込みすぎて、本質が霧散します。
ミニマルの“整理癖”が粗さを削ぎ落とす
ミニマルは 「ノイズを削る思想」
ブルータルは 「ノイズを露出させる思想」
ここが決定的に違います。
ミニマルに寄せるほどブルータルの魅力である
情報の過剰・暴食・混沌の生々しさ
が消え、“普通のサイト”になってしまいます。
ユーザー体験も変質してしまう
ブルータルの魅力は、ユーザーに**「少し不快で、でも気になる体験」**を与えること。
しかし、ミニマル要素を混ぜると、
- 読みやすく整いすぎる
- 速度感が均一化する
- 不協和が消える
結果として“刺激”が失われ、しらけるのです。
フォント選びの誤解:太字にすればブルータルになる?

ブルータルを名乗るサイトは、やたら太字フォントを多用する傾向があります。
しかし、ブルータリズムで重要なのはフォントの性質ではなく、感情の露出です。
太字だけではブルータルにならない理由
ブルータルは、フォントを**“暴力性のある情報の運び手”**として扱います。
単に太いだけでは、本質に届きません。
以下は誤解されがちな点です。
- 太字 = 無骨 → 間違い
- モノクロ = ブルータル → 間違い
- 角フォント = ブルータル → 間違い
太字はあくまで手段。本質は「露出させる姿勢」です。
フォントの“性格”をどう暴力化するか
ブルータルな印象を作る際に重要なのは、
フォント × コンテクスト(文脈) の組み合わせです。
| 要素 | ブルータルで効果的な扱い方 |
|---|---|
| 太字 | 密度を上げ、情報の暴食を演出 |
| 等幅 | システム的・無機質な冷たさを露出 |
| サイズ差 | 混沌とした視覚リズムを生む |
フォント単体ではなく「どう配置するか」でブルータルの温度が決まります。
動きで魅せる“ブルータル風”が失敗する理由

アニメーションを盛って“ブルータル感”を出すサイトがありますが、多くは逆効果です。
アニメーションが“整いすぎる”という矛盾
ブルータルにおける動きは、“暴力性の延長線上” に存在します。
しかし、なんちゃってブルータルは以下のような方向に進みがちです。
- スムーズすぎるトランジション
- フェードインの多用
- 均一な動き
これは完全にミニマルの文法です。
ブルータルは乱れ・硬直・急な停止など、統制の取れていない動きが適しています。
閲覧者の感情を揺らせているか
本質的なブルータルは、ユーザーの感情を**“少しざらつかせる”**力があります。
動きが整うと、そのざらつきが消え、普通のサイトと変わらなくなります。
本物のブルータルが生む“没入感”と比較する

なんちゃってブルータルとの最大の違いは、没入感の深さです。
本物のブルータルサイトは、ユーザーがページ全体に飲み込まれるような圧を持ちます。
情報の“壁”としてのブルータル
ブルータルは、情報を壁のように突きつけます。
その密度が高いほど、ユーザーはサイトに深く入り込みます。
- 余白がない
- テキストが迫ってくる
- 視界が圧迫される
この**“圧”**がブルータル特有の没入です。
なんちゃってブルータルはなぜ没入できないのか
理由はシンプルで、
- 余白が綺麗すぎる
- 情報の量が少ない
- 暴力性が均一化されている
- 危うさがない
からです。
整いすぎたブルータルは、もはやブルータルではありません。
【まとめ】なんちゃって化を避けるには“思想”を入れること

なんちゃってブルータルがしらける理由は、ブルータリズムの思想を欠いた“外形の模倣”にあるためです。粗さ・暴力性・情報の露出という核を理解しないまま、黒白配色や太字だけを真似てもブルータルにはなりません。
大切なのは、なぜその粗さが必要なのかという必然性です。思想が伴ったブルータルだけが、ユーザーの心を揺らし没入を生みます。
