ブルータリズムは、扱いにくい表現です。
成立しにくく、続かず、商業的な成功とも結びつきません。
それでも、確かに「そこにあった」。
一瞬であっても、限定的であっても、
存在したという事実は消えません。
本記事では、ブルータリズムを成果や成功で測るのではなく、
存在そのものがなぜ尊いのか、
そして、なぜ記録する意味があるのかを構造的に整理します。
ブルータリズムは成立しにくい表現である

ブルータリズムは、最初から成立条件が厳しい表現です。
多くのデザインが避ける要素を、あえて抱え込んでいます。
成立には高い覚悟と理解が必要だった
ブルータリズムが成立するためには、次の条件が必要です。
- 不快さを許容する判断
- 読みやすさを犠牲にする決断
- 誤解される前提で出す覚悟
これらは、通常のWeb制作では避けられる要素です。
だからこそ、ブルータリズムは数が増えません。
成立しにくいという事実は、
価値が低いことを意味しません。
むしろ、成立した瞬間が異常値だったとも言えます。
続かず、儲からない構造を持っている
ブルータリズムは、継続や拡張を前提にしていません。
この点が、商業や運用と根本的に衝突します。
評価されにくい構造を内包している
ブルータリズムは、次のような指標と相性が悪い表現です。
| 観点 | 結果 |
|---|---|
| 継続運用 | 崩れやすい |
| 商業評価 | 数値化しにくい |
| 改善指標 | 定義できない |
成果が測れず、
改善の方向も定まりません。
しかしこれは欠陥ではなく、
「評価されること」を目的にしていない思想だからです。
それでも「存在するだけで尊い」理由

ではなぜ、ブルータリズムは
存在するだけで尊いのでしょうか。
確かに「そこにあった」という事実が残る
ブルータリズムは、
- 一時的
- 限定的
- 再現不可能
であることが多い表現です。
それでも、
確かに存在し、誰かがそれを見た。
この事実は、
数値や成果よりも強く、
後から否定できない痕跡として残ります。
だからこそ、
ブルータリズムは記録される価値があります。
存在していたこと自体が、
この表現の意味だからです。
【まとめ】ブルータリズムは「存在の記録」である

ブルータリズムは、
- 成立しにくく
- 続かず
- 儲からない
表現です。
それでも、
確かにそこにあった。
その事実を残すことは、
評価でも擁護でもなく、
記録という行為そのものです。
ブルータリズムは、
成功しなくても、続かなくても、
存在しただけで尊い表現なのです。
