ブルータリズムは近年少しずつ再評価されていますが、同時に「安易なブルータル風デザイン」も増えています。
本記事では、なぜブルータリズムは流行るべきではないのかを、思想・構造・価値の観点から深く考察します。ブルータリズムを愛する制作者だからこそ見える、本質的な危機について丁寧に解説します。
ブルータリズムは“流行”と相性が悪い理由

ブルータリズムは、そもそも大衆性を前提としていない美学です。表面のざらつき、情報の暴力、ノイズの肯定など、**「不快さを恐れない姿勢」**こそが核となるため、大量消費・大量模倣とは本質的に噛み合いません。そのため、トレンド化が進むと一気に“形骸化”してしまう危険があります。
ブルータリズムの根幹は「迎合しない」精神
ブルータリズムは快適性よりも**“思想の強度”**を優先します。そのため、以下のような軸で成立しています。
- 美しさよりも誠実さ
- 整いよりも露出性
- 理解よりも衝突
- 大衆化よりも孤独な強度
これらは大衆マーケットと正反対の方向に位置するため、流行に乗った瞬間にその価値が薄まってしまいます。
流行による形骸化のメカニズム
流行すると、ブルータリズムは次のように弱体化していきます。
| 流行フェーズ | 起こる現象 | 失われるもの |
|---|---|---|
| 初期流行 | なんちゃって粗さが大量発生 | 原初の思想 |
| 量産期 | UI/UXが“都合よく整えられる” | 暴力性・不親切さ |
| 末期 | ミニマルに寄せられる | ブルータル性の死 |
流行は本質を守らない。だからこそ、ブルータリズムは流行ってはいけないのです。
ブルータリズムには「不快さ」という前提がある

ブルータリズムの価値は、不快さや違和感を通して**「世界の構造の歪み」**を露呈させることにあります。この性質自体が、ポップさや万人受けとは無縁です。
不快さが“意味”を作る
ブルータリズムの価値は、ただの荒々しさではありません。むしろ、
- 読みづらさが情報の強度を上げる
- 不親切さが思考を促す
- ノイズが文脈を切り裂く
という構造的意味があります。
流行すれば、この“不快の意義”が削ぎ落とされてしまうため、ブルータリズムがブルータリズムでなくなります。
不快さを避ける市場と、避けないブルータル
現代のWeb市場は以下の傾向を持ちます。
| 市場の価値観 | ブルータルの価値観 |
|---|---|
| 読みやすさ | 読みやすさを捨てる |
| 整列 | 崩す・外す |
| 速さ | あえて遅らせる |
| 配慮 | 不親切も肯定 |
この真逆の価値観が共存することはありません。ゆえに“流行”とは成立しないのです。
ブルータリズムは「反逆の建築」であり続けるべき

ブルータリズムは1950年代の建築思想が起点ですが、その根底には社会構造への反抗精神があります。万人受けしない理由は、歴史的にも必然なのです。
ブルータリズムの歴史が語る“反発”
ブルータリズムは、社会の透明性の欠如や政治性に対する抵抗として生まれました。
つまりブルータル建築は 「美しさの反対側に立つ存在」 だったのです。
これが流行すると、思想としての反骨精神が空洞化します。
“権力に使われるブルータル”は矛盾する
歴史的に、ブルータリズムは権力構造に利用されたこともあります。しかし、それは思想ではなく外見だけが利用された状態でした。
- 見た目だけコピーされる
- 力強さだけ奪われる
- 思想は抜き取られる
流行とは、この状況と極めて近いのです。
ブルータリズムの価値は“希少性”にある

もしブルータリズムが流行してしまえば、最大の価値である希少性・異物感・孤独な輝きが失われます。
ブルータルは少数派だから美しい
ブルータルの良さは以下のような性質に宿ります。
- 少数派である
- 迎合しない
- わかりやすさを拒否する
- 流行の対岸に沈んでいる
これが大量生産されると、ブルータルの“異物としての美しさ”が完全に消失します。
盛り上がりよりも「持続する少数性」を守るべき
流行とは、一時的な熱狂と急激な冷却を前提とします。
ブルータリズムは、むしろ以下の状態であるほうが健全です。
| 健全な状態 | 説明 |
|---|---|
| 少数派のまま続く | 強度が保たれる |
| 理解者がゆっくり増える | 思想が薄まらない |
| 模倣が難しい | 偽物が淘汰される |
ブルータリズムは“わかりにくいまま”で存在すべきなのです。
ブルータリズムは「思想」でありデザインではない

ブルータリズムを単なる“荒くて黒いデザイン”だと誤認すると、本質を見誤ります。ブルータリズムは思想であり、UIや装飾のスタイルではありません。
思想が先にあり、デザインは後から来る
本来のブルータリズムは、
- 内部構造の露出
- 意図的な不親切さ
- 虚構ではなく現実の表面
といった思想によって形づくられています。
流行すれば、この思想を理解せずに外見だけ真似る人が増え、ブルータルの“空洞化”が進みます。
スタイル化された瞬間に死ぬ
ブルータルが「スタイル」として扱われると、次のように死にます。
| 症状 | 何が死ぬか |
|---|---|
| 粗さの模倣だけ広がる | 意味が死ぬ |
| 黒と白を使えばOK化 | 思考が死ぬ |
| 読みやすさが優先される | 暴力性が死ぬ |
ブルータリズムは“思想として扱われるときだけ”生き続けます。
ブルータリズムを守るために、流行させないという選択

ブルータリズムを本気で愛するなら、流行に乗せる必要はありません。むしろ守るべきは思想の濃度です。
ブルータリズムは「孤独な制作」に向いている
ブルータル制作は、他者の評価よりも自己の思想形成が重要です。流行してしまうと、以下のような歪みが生まれてしまいます。
- 誰かのテンプレを真似る人が増える
- “粗さを作る”だけのデザイナーが現れる
- 本物のブルータルが埋もれる
本物はいつも静かで孤独に生まれます。
流行させないほうが、本質はむしろ伝わる
矛盾するようですが、ブルータリズムを流行させないほうが、結果として深い理解者が増えるのです。
- 量より質
- 速度より思考
- 体裁より本音
この美学を守るためには、“流行”という光から距離を置く必要があるのです。
【まとめ】ブルータリズムは流行より本質を守るべき

ブルータリズムは、迎合しない精神・不快の価値・反逆の歴史・孤独な希少性によって成立しているため、流行と極めて相性が悪い美学です。むしろ流行しないことで強度が保たれ、本質が守られます。
ブルータリズムはスタイルではなく思想であり、だからこそ“流行らせない”という選択こそ最大の敬意になります。
