ブルータリズムという言葉がWebデザインの文脈で語られるとき、多くの場合は「無骨」「崩れている」「見づらい」といった表層的な印象で終わってしまいます。しかし本質は、デザイン手法ではなく思想にあります。
ブルータリズムは、最初から多数派を目指していません。理解されないこと、嫌われること、届かないことを前提に、それでも「これは自分たちの正直な形だ」と言い切るための思想です。
本記事では、ブルータリズムがなぜ「少数派であること」を前提に成立しているのかを、構造的に解き明かしていきます。
ブルータリズムは最初から「多数派」を捨てている

ブルータリズムの思想を語るうえで、最も重要なのは「誰に向けて作られているのか」という問いです。結論から言えば、全員ではありません。むしろ、最初から多数派を想定していない点に、この思想の核があります。
理解されないことを前提にしている思想
ブルータリズムは、誤解されることを恐れていません。
それは、理解されるために形を整える思想ではないからです。多くの人が「変だ」「見づらい」「意味がわからない」と感じる地点に、あえて立ち続けます。
この前提を欠いたままブルータリズムを語ると、ただの奇抜さや崩しに終わります。理解されないことを許容できるかどうかが、思想と装飾を分ける分水嶺です。
共感ではなく「選別」を行う思想
ブルータリズムは、共感を集めるためのデザインではありません。
むしろ、見る人を選別します。
| 視点 | 一般的なデザイン | ブルータリズム |
|---|---|---|
| ゴール | 多数の理解 | 少数の納得 |
| 設計思想 | 調和・最適化 | 乖離・違和感 |
| 感情 | 安心 | 不安・引っかかり |
このように、全員に届かないことそのものが成立条件になっています。
多数派に届かなくていいという覚悟

多くのデザインが「より多くの人に届くこと」を正義とする中で、ブルータリズムは真逆の立場を取ります。その姿勢は、単なる逆張りではありません。
数字や効率を最優先しない理由
ブルータリズムは、KPIやCVRと相性が悪い思想です。
なぜなら、測定できる価値より、誠実さを優先するからです。
もちろん、数字が不要だと言っているわけではありません。ただし、数字のために形を歪めることを拒否します。この拒否の姿勢こそが、思想としての一貫性を保ちます。
「届かない」ことを失敗と見なさない
多くのプロジェクトでは、「届かなかった=失敗」と定義されがちです。しかしブルータリズムにおいては、その評価軸自体が成立しません。
- 全員に届かないのは想定内
- 理解されない反応も想定内
- 離脱されることすら想定内
それでもなお、「これは自分たちの形だ」と言えるかどうかが、唯一の基準になります。
全員に好かれないことを恐れない設計

ブルータリズムは、好感度を積み上げる思想ではありません。むしろ、嫌われる可能性を内包したまま進む思想です。
嫌われることを回避しない構造
一般的なWebデザインでは、「嫌われないこと」が重要視されます。しかしブルータリズムは、その安全圏から意図的に外れます。
それは挑発ではなく、感情の正直さです。
嫌われるかもしれない、でも嘘はつかない。この姿勢が、デザインの緊張感を生みます。
中庸を拒否するという選択
ブルータリズムは「ちょうどいい」を選びません。
なぜなら、ちょうどいい場所には思想が宿らないからです。
- 過剰
- 不均衡
- 不親切
これらは欠陥ではなく、思想が露出した結果です。
「正直な形だ」と言えるかどうか

ここが、ブルータリズム思想の核心です。
どれだけ崩れていようと、どれだけ不器用であろうと、自分たちの正直な形かどうかがすべてを決めます。
形の美しさよりも、姿勢の一貫性
ブルータリズムは、美しく見せるための思想ではありません。
むしろ、姿勢を隠さないための思想です。
そのため、完成度よりも一貫性が問われます。途中で迎合した瞬間に、思想は崩壊します。
覚悟がなければ「崩したデザイン」になる
覚悟のないブルータリズムは、ただの表現技法です。
| 覚悟の有無 | 結果 |
|---|---|
| 覚悟がある | 思想として成立する |
| 覚悟がない | 崩しただけのデザイン |
「なぜこれでいいのか」を説明できない場合、それは思想ではありません。
ブルータリズムが少数派であり続ける理由

最後に、なぜブルータリズムは今後も多数派にならないのか。その理由は極めてシンプルです。
多数派になった瞬間に崩れる思想
ブルータリズムは、多数派になった時点で自己矛盾を起こします。
なぜなら、迎合しないことが成立条件だからです。
流行った瞬間に、思想ではなくスタイルに変質します。
少数派であり続けることが価値になる
だからこそ、ブルータリズムは少数派であり続けます。
理解されないこと、選ばれないこと、評価されないこと。それらすべてを含んだうえで、それでも立ち続ける思想です。
【まとめ】少数派である覚悟がブルータリズムを成立させる

ブルータリズムは、多数派に届くことを目指す思想ではありません。理解されないこと、好かれないこと、数字に表れないことを前提に、それでも「これは自分たちの正直な形だ」と言い切る覚悟があって初めて成立します。
その覚悟を欠いた瞬間、ブルータリズムは単なる崩したデザインに堕ちます。少数派であること自体が価値になる思想、それがブルータリズムです。
