コンテンツへスキップ

何も説明されていないページに、なぜ長くいたのか

余白、UI

何も説明されていないページに、なぜか長く滞在してしまったことがあります。
意味はわからない。目的も提示されていない。それなのに、気づけば時間だけが過ぎていた

海外のブルータリズム系サイトを見ていると、こうした体験が時々起こります。
一方で、日本の多くのサイトは、数秒で離脱してしまうことも珍しくありません。

この差は、情報量やデザインの好みだけでは説明できないものです。
本記事では、「理由がわからないまま長くいた時間」から、時間の使い方とWeb体験の質について考えていきます。


この記事は、Webデザインの技法を解説するものではありません。
「なぜ滞在してしまったのか分からない時間」を出発点に、人がサイトに居座る瞬間に何が起きているのかを言語化するコラムです。
明確な結論よりも、違和感そのものを丁寧に扱います。

理由がわからないのに、離れなかった時間

余白、UI

海外のサイトを見ていて、特に印象に残ったのは「何も説明されていないのに、なぜか離脱しなかった」という体験です。
そこには、一般的なUXの正解とは異なる時間の流れがありました。

意味がないと理解していても、クリックしていた

ページを開いても、何を伝えたいのかは分かりません
テキストも少なく、ナビゲーションも不親切です。それでも、次のリンクをクリックしていました。

  • 情報を得ようとしていなかった
  • 理解しようともしていなかった
  • それでも画面を閉じなかった

この状態は、「意味の消費」から完全に外れた時間です。
役に立たないと分かっているのに、そこに留まるという矛盾が、逆に心を引き留めていました。

時間が過ぎていることに、後から気づいた

気づいたときには、数分、あるいはそれ以上の時間が経っていました。
重要なのは、その時間を「使った感覚」がなかったことです。

ここでは、時間を「投資」した感覚も、「浪費」した感覚もありません。
ただ、滞在していたという事実だけが残りました。

状態感覚
目的がない焦りが生まれにくい
説明がない理解しようとしない
評価軸がない正解を探さなくて済む

このように、判断を強制されない時間が、無意識に心地よさを生んでいた可能性があります。

日本のサイトで、すぐ離脱してしまう理由

ごちゃごちゃ、きもい

一方で、日本のサイトでは、真逆の体験をすることが多くあります。
情報は丁寧で、親切で、説明も十分です。それでも、なぜかすぐに閉じてしまいます。

説明が多すぎると、時間の主導権を失う

日本のサイトでは、開いた瞬間から多くの情報が押し寄せてきます。
それ自体は悪いことではありませんが、時間の使い方を指定されている感覚が生まれやすくなります。

  • 読む順番が決められている
  • 理解する前提で構成されている
  • 行動を促され続ける

これにより、訪問者は無意識に「応答する側」になります。
結果として、自分の時間を奪われている感覚が強まり、離脱につながります。

うるささは、情報量ではなく圧力から生まれる

離脱の原因は、必ずしも情報量の多さではありません。
問題になるのは、理解・判断・行動を急かされる圧力です。

要素受け取られ方
丁寧な説明義務感
親切な導線強制
明確なCTA逃げ場のなさ

その結果、「まだ何も考えていないのに、決断させられる」状態が生まれます。
この圧力が、滞在時間を極端に短くしているのです。

時間は「意味」ではなく「余白」に留まる

余白、UI

なぜ、意味のないページに長くいられたのか。
それは、そのページが時間の使い方を定義しなかったからだと考えられます。

時間をどう使うか、委ねられていた

海外のそのページでは、何をすべきかは一切示されていませんでした。
だからこそ、時間の主導権が完全にこちらにあったのです。

  • 読んでもいい
  • 読まなくてもいい
  • 離れてもいい

この自由度が、結果的に「居座る」という選択を生みました。
皮肉ですが、拘束されないことが、滞在を生むのです。

時間が過ぎること自体が、体験になっていた

そのページで得たものは、知識でも情報でもありません。
得たのは、何も起きない時間そのものでした。

これは、効率や成果とは正反対の価値観です。
しかし、だからこそ強く印象に残ります。

観点得られたもの
情報ほぼゼロ
意味不明
体験強く記憶に残る

時間が「消費」ではなく、「滞在」として扱われた瞬間でした。

【まとめ】理由がわからない時間が、記憶に残る

余白、UI

何も説明されていないページに、長くいた理由は、最後まで明確にはなりません。
しかし確かなのは、その時間が強く記憶に残っているという事実です。

意味を与えられなかったからこそ、
目的を強制されなかったからこそ、
時間は静かに流れ続けました。

Webにおける滞在時間は、必ずしも情報量や親切さで決まるものではありません。
理由のわからない余白が、人を留めることもあるのです。