愛想がないWebサイトは、なぜかわいいのか

Webサイトを見ていると、ときどき妙に愛想のないサイトに出会います。

丁寧な説明もない。親しみやすい言葉もない。きれいに整理されすぎてもいない。

「これを見てください」「次はこちらです」と、こちらを案内しようとする気配も薄い。

ただ、そこにある。

普通なら不親切に感じそうなのに、私はこういうWebサイトを見ると、なぜかかわいいと思ってしまいます。

もちろん、丸いフォントや淡い色を使っているからではありません。

むしろ逆です。

こちらに好かれようとしてこない。その距離感そのものが、かわいく見えるのです。

愛想がないことと、不親切は違う

愛想がないWebサイトというと、使いづらいサイトを想像するかもしれません。

でも私が好きなのは、操作できないサイトでも、閲覧者を突き放すサイトでもありません。

愛想はない。でも、気は利いている。

この違いはかなり大きいと思っています。

「ここにあります。見たかったらどうぞ」

私が好きなWebサイトには、ときどき美術館の展示のような距離感があります。

作品が置いてある。

説明は必要最低限。

近づくかどうかは、見る側が決める。

Webサイトも同じでいいのではないでしょうか。

「これを見てください」と追いかけてこなくても、そこにコンテンツがあることさえ分かれば、興味を持った人は自分から見に行きます。

ここにあります。見たかったらどうぞ。

そのくらいの距離感が、私は心地いいのです。

黙っていることは、気が利かないことではない

一方で、どこをクリックできるのか分からない、必要な情報に辿り着けないとなれば話は別です。

それは愛想がないのではなく、単純に気が利いていないと感じます。

画像でも、文字でも、形でもいい。

「ここを押せば何かある」と見れば分かる。

それだけで十分なこともあります。

操作方法を長々と説明しなくても、次に何ができるのかが自然に伝わればいい。

サイトは黙っていてもいい。でも、気は利いていてほしい。

私はこのくらいの親切さが好きです。

Webサイトは、少ししゃべりすぎている

一般的なWebサイトでは、閲覧者を迷わせないために多くの説明が用意されています。

それ自体は悪いことではありません。

サービスによっては、丁寧な説明が必要な場合もあります。

ただ、親切にしようとするほど、いつの間にか別のものに変わってしまうことがあります。

親切がおせっかいに変わる瞬間

詳しい説明。

何度も登場するボタン。

スクロールするたびに現れる案内。

「こちらもおすすめです」「まずはこちらをご覧ください」と続く誘導。

一つひとつには理由があります。

でも、それが増え続けると、閲覧者自身が「何を見るか」を決める余地がなくなっていきます。

私には、親切がおせっかいに変わり、さらに進むと押し付けになるように感じることがあります。

伝えることと、全部説明することは同じではありません。

説明することと、分かることも違う

説明が多ければ、分かりやすい。

必ずしもそうではないと思います。

たとえば、一目見ただけでクリックできると分かるものに「クリックしてください」と書く必要はありません。

反対に、説明文が大量にあっても、結局何をすればいいのか分からなければ親切とは言えません。

大切なのは説明の量ではなく、閲覧者が自分で理解できることです。

説明しなくても分かるなら、黙っていていい。

むしろ黙ることで、見る側に考えたり、選んだり、探索したりする余地が生まれます。

好かれようとしないから、かわいく見える

では、なぜ私はそんな愛想のないWebサイトを「かわいい」と感じるのでしょうか。

考えてみると、そこには媚びなさがあるからだと思います。

「かわいいと思ってほしい」が見えない

一般的に「かわいいデザイン」と聞くと、柔らかな色や丸い形、イラストなどを想像します。

でも、それとはまったく違うかわいさがあります。

不揃いだったり、無骨だったり、少し変だったりする。

それでも作り手が「私はこれがいいと思うから、こうしている」と感じられるサイトです。

誰かにかわいいと思ってもらうためではなく、作った人自身がこれを好きだから置いている。

その姿勢が見えると、私はかわいいと思います。

媚びないことは、閲覧者を嫌うことではない

ここは大切です。

媚びないからといって、閲覧者を拒絶する必要はありません。

作り手は好きなように作る。

見る側も好きなように見る。

興味がなければ帰っていいし、気になれば奥まで進めばいい。

どちらかが、どちらかに合わせ続ける必要はありません。

作り手と閲覧者は対等です。

だからこそ、必要以上に呼び止めないWebサイトには独特のかわいさが生まれるのかもしれません。

【まとめ】愛想がなくても、気は利いていてほしい

愛想がないWebサイトは、不親切なWebサイトとは違います。

何でも説明する必要はない。

何度も誘導する必要もない。

好かれようとして、すべてを整える必要もありません。

コンテンツを置く。

見る方法は分かるようにしておく。

そして、その先は閲覧者に任せる。

「ここにあります。見たかったらどうぞ。」

私はそんな距離感のWebサイトが好きです。

特にブルータリズムでは、この距離感がよく似合います。

誰にも媚びず、自分の世界を作る。

でも、興味を持って近づいてきた人まで締め出す必要はない。

愛想はなくてもいい。

むしろ、その愛想のなさがかわいいこともあります。

ただし、ひとつだけ。

サイトは黙っていてもいい。でも、気は利いていてほしい。

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